第18回 子どものわがままより、自分が甘やかしてしまう問題

おもちゃを買いすぎる父親が考えたこと

父子二人暮らしでおもちゃを買う機会が増え、子どもに不自由をさせたくない気持ちと、私の基準のなさを見つめ直した記録です。

第18回、江戸時代の玩具屋で子どもにおもちゃを買い与えすぎることに悩む父親と子どもの水墨画風サムネイル

ショッピングモールで、子どもがガチャガチャの前に足を止める。

私は一度「今日は買わない」と言う。それでもお願いが続くと、最後には根負けして回す日があった。

気になったのは、子どもがわがままだったことより、私が途中で答えを変えたことだった。

子どもに寂しい思いをさせたくなかった

私はもともと、子どもに甘い父親だ。喜ぶ顔を見ると、できることはしてあげたいと思う。

父子二人で暮らし、私一人で子どもを見る時間が増えてからは、その気持ちが強くなった。寂しい思いをさせたくないという気持ちも、どこかにある。

仕事と家事が重なって余裕がないときは、時間をかけて話すより、欲しいものを買ったほうがその場は穏やかに進んだ。

ガチャガチャやおもちゃ付きのお菓子は、一つなら大きな金額ではない。そのため、私も「これくらいなら」と判断しやすかった。

ただ、出かけるたびに買えば、子どもが今日も買えると思うのは自然だ。期待させていたのは、毎回答えの変わる私だった。

「子どものため」と言いながら、私も欲しかった

私は子どもの頃からおもちゃが好きだった。今も子どもと一緒に、パウ・パトロール、ジョブレイバー、シンカリオンを楽しんでいる。

同じ作品を見て、乗り物や登場人物の話をしながら遊ぶ時間は楽しい。店でシリーズの商品を見ると、私も次を集めたくなる。

子どものために買っているつもりでも、本当に子どもだけが欲しいのか、私がそろえたいのか、境目が曖昧になることがあった。

保育園や病院を頑張ったから、今日は休日だからと、買う理由を後から作ることもあった。理由を探せば、普段の日も特別な日にできてしまう。

心配だったのは、私の基準がないことだった

欲しいものが毎回手に入れば、我慢できない子になるのではないかと心配した。すでに持っているおもちゃを大切にしなくなるかもしれないとも考えた。

ただ、何度かおもちゃを買っただけで子どもの性格が決まるわけではない。物を買うこと自体が悪いとも思っていない。

私が見直す必要を感じたのは、忙しさや気分によって、買ったり断ったりしていたことだった。「今日は買わない」と言った私自身が、その言葉を守れていなかった。

子どもに我慢を求める前に、私が子どもの喜ぶ顔や、新しいおもちゃで一緒に遊びたい気持ちを少し待つ必要がある。

まずは簡単なルールを試してみる

何も買わないと決めるのではなく、親子で分かるルールを試そうと考えている。

ガチャガチャは月に決めた回数まで、おもちゃ付きのお菓子は決めた日だけにし、大きなおもちゃは誕生日やクリスマスを基本にする。

店で欲しいものを見つけたときは、すぐに買わず、写真を撮って候補に残す。数日、または数週間たっても欲しければ、そのとき改めて考える。

これは、まだ決まったわが家のルールではない。実際に続けられるかも分からない。

厳しく管理するためではなく、店頭で私の答えが変わらないようにするための案だ。買う日も買わない日も、同じ基準を伝えられるようにしたい。

今あるもので遊ぶ時間も残したい

一緒に遊び、図書館へ行く。自転車で出かけ、家で絵本を読む。

お金を使わなくても、子どもと過ごせる時間はある。すでに持っているおもちゃで、別の遊び方を一緒に考えることもできる。

子どもに不自由をさせたくない気持ちは、今も変わらない。おもちゃを買う楽しさもなくしたくない。

ただ、子どものわがままを直す前に、まず私が「子どものため」という理由で買いたくなっていないかを確かめる必要がある。次にガチャガチャの前で止まったとき、決めた言葉を変えずにいられるかは、まだ分からない。

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シリーズの流れ

第1~5回:生活を回す工夫第6~11回:働き方と子育ての限界第12~18回:家族の形と子どもの気持ち第19回以降:休職と生活の見直し

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