第8回 休日なのに仕事をする日
実家で子どもを見てもらいながら働くつらさ
休職前、実家で子どもの声を聞きながら休日も働き、生活を守る仕事が生活を削っていたと感じた記録です。

休職前の休日、私は実家でパソコンを開いていた。
同じ家の中から、子どもが楽しそうに遊ぶ声が聞こえていた。私はその声を聞きながら、締め切りや確認作業を進めていた。
子どもが近くにいるのに、一緒には過ごせない。その状況は、想像していた以上につらかった。
休日にも仕事が残っていた
当時は、土日や祝日でも仕事が残っていると働いていた。休日に作業をしなければならない日は、少なくなかった。
テレワークができたため、会社へ出勤しなくても、自宅や実家でパソコンを開けた。通勤せずに仕事ができること自体は便利だった。
しかし、休日は保育園も休みだった。子どもがまだ小さく、世話をしながら仕事へ集中することはできなかった。
そこで実家へ行き、両親に子どもを見てもらった。私は別の部屋や少し離れた場所で仕事をした。
「あとで遊ぼう」のあとが来なかった
子どもは、おなかが空いた、これを見てほしい、一緒に遊びたいと話しかけてきた。どれも子どもにとっては自然なことだった。
私も、本当は一緒に遊びたかった。それでも仕事が残っていると、パソコンの前を離れられなかった。
「あとで遊ぼう」と伝えても、その「あと」がなかなか来ない日があった。
テレワークで自由になったのは、仕事をする場所だった。仕事そのものが減ったわけではなく、子育てと仕事を同時にできるようになったわけでもなかった。
両親に頼りながら働いていた
子どもは一人で待つのではなく、祖父母と過ごしていた。両親は公園へ連れて行き、一緒に遊び、食事の世話までしてくれることもあった。
自宅で無理に仕事をするより、はるかに助かっていた。両親が元気でいてくれたから、休日の仕事にもどうにか対応できていた。
一方で、本来なら両親にも二人の休日があった。孫と私のために時間を使ってもらうことを、当然だとは思えなかった。
感謝していたが、気持ちが楽になるわけではなかった。いつまでも同じように頼れるわけではないとも感じていた。
生活を守る仕事が、生活を削っていた
子どもが抱っこを求めてくれる時期も、一緒に公園へ行きたがる時期も、ずっと続くわけではない。
平日にゆっくり遊べない分、休日くらいは子どもと過ごしたかった。それなのに、休日にも仕事をしていた。
生活のために仕事は必要だった。しかし当時は、生活を守るための仕事が、子どもとの生活を削っていた。
子どもの声を聞きながら働くたび、その矛盾を感じていた。休日に休めなければ、一週間の疲れが残ったまま次の平日が始まった。
実家で仕事ができたことで、休日も働き続けられてしまった。家事を効率化し、両親に頼り、それでも休日まで働かなければ回らない生活には、すでに工夫だけでは埋められない無理があった。
テレワークの便利さは、その無理を見えにくくもしていたのかもしれない。
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