休職して1週間、見えてきたこと

休職して1週間。仕事から離れても、まだ頭の中には仕事が残っています。一方で少し肩の荷が下り、元気に生活できている自分にも気づきました。離れてみて考えた、個人の頑張りだけでは解決できない仕事の構造について記録します。

江戸時代風の町を高台から眺める父親と子どもの水墨画

休職してから、1週間がたった。

もっと長く休んでいるような気もするし、まだ1週間しかたっていないような気もする。

会社へ行かなくなり、仕事用のパソコンを開かなくなっても、頭の中から仕事が完全になくなったわけではない。

「あの仕事は今どうなっているだろう」

「あの対応は誰がやっているんだろう」

そんなことを、ふとした瞬間に考えている。

体は会社から離れていても、頭の中には、まだ仕事が残っていた。

少しだけ、肩の荷が下りた

一方で、休職してから感じた変化もある。

少しだけ、肩の荷が下りた。

朝起きた瞬間から仕事のことを考え、今日やらなければならないことを頭の中で並べる生活がなくなった。

夜になっても仕事が終わらず、その続きを考えながら過ごすこともない。

もちろん、これからどうするのかという不安はある。

復職するのか。

転職するのか。

今の会社を辞めるのか。

副業をどうするのか。

まだ答えは出ていない。

それでも、毎日仕事に追われていたころに比べると、少しだけ肩の荷が下りたように感じている。

自分が休んだ分、誰かが背負っている

ただ、気持ちが楽になったからといって、すべてを忘れられるわけではない。

自分が担当していた仕事は、私が休職したからといってなくなったわけではない。

私が休んだことで、その仕事を誰かが引き受けているはずだ。

それを考えると、申し訳ない気持ちになる。

もともと余裕のある仕事ではなかった。

その中から一人抜ければ、残った人たちの負担が増えているかもしれない。

自分自身が限界だったから休んだ。

頭では、それでよかったと思っている。

それでも、一緒に仕事をしていた人たちのことを考えると、完全に割り切ることはできない。

休職して1週間たっても、その気持ちは残っている。

意外と、元気に生活できている

自分でも意外だったことがある。

会社へ行かなくなってからも、私は普通に生活している。

子どもの朝ごはんを用意する。

保育園へ送り、迎えに行く。

食事を作る。

洗濯をする。

家のことをする。

子どもと話す。

そんな毎日を送っている。

休職する直前は、自分自身がもっと大きく崩れてしまうのではないかと思っていた。

しかし、仕事から少し距離を置いてみると、意外と元気に生活できている。

そこで初めて、

「自分自身が全部ダメになっていたわけではなかったのかもしれない」

と思うようになった。

人間関係だけが原因ではなかった

仕事がつらくなると、原因を探したくなる。

人間関係が悪かったのか。

自分の仕事量が多すぎたのか。

自分の能力が足りなかったのか。

もちろん、どれか一つだけで説明できるものではないと思う。

ただ、休職して仕事から離れて考えてみると、私の場合は人間関係だけが問題だったわけではなかった。

一緒に働いていた人たちの中には、助けてくれた人もいる。

休職した後も、体調を心配してくれた人がいた。

だから、

「職場の人が悪かった」

とは思っていない。

仕事量についても、自分の担当だけを少し調整すれば解決する問題だったのかというと、今は少し違うように感じている。

現場だけでは解決できないことがある

休職してから考えるようになったのは、もっと大きな部分だった。

会社が決めた方針。

仕事の進め方。

人員に対して求められる仕事量。

限られた期間の中で、実現しなければならないこと。

現場では、その条件の中でなんとか仕事を成立させようとする。

予定どおりに進まなければ残業する。

問題が起きれば誰かが対応する。

人が足りなければ、残っている人で補う。

私も、その一人だった。

目の前の問題を一つずつ解決すれば、いつか落ち着くと思っていた。

しかし、休職して仕事の外から考えてみると、

「そもそもの前提に無理がある状態を、現場の努力だけで支え続けることには限界があるのではないか」

と感じるようになった。

自分だけの問題ではなかったのかもしれない

私の周囲でも、休職したり会社を離れたりする人がいた。

もちろん、それぞれ事情は違う。

誰かが休職した理由や、会社を辞めた理由を、私が決めつけることはできない。

ただ、そうした状況を見ていると、

「自分がもっと頑張れば解決できた」

とは、以前ほど思わなくなった。

一人の社員が頑張れる範囲には限界がある。

現場の誰かが無理をして仕事を成立させても、それを長く続けられるとは限らない。

私はこれまで、目の前の仕事をどう終わらせるかばかり考えていた。

でも本当は、

「その仕事の進め方自体を続けられるのか」

という視点も必要だったのかもしれない。

休んだから見えたこと

まだ休職して1週間だ。

今の時点で、会社や自分の働き方について結論を出すつもりはない。

少し休んだから気持ちが楽になって、そう感じているだけかもしれない。

数週間後には、また違う考えになっている可能性もある。

だから今は、答えではなく、その時点で感じたこととして残しておこうと思う。

仕事から離れても、まだ仕事のことを考えている。

自分が休んだことで、誰かに負担をかけていることも気になる。

それでも、少し肩の荷が下りた。

そして、子どもとの生活を送りながら、意外と普通に過ごしている。

会社の中にいたときには、

「自分がどうにかしなければ」

と思っていた。

1週間離れた今は、

「自分一人でどうにかできる問題ではなかったのかもしれない」

と思い始めている。

休職して1週間。

まだ何も解決していない。

でも、仕事の中にいたときとは少し違う場所から、自分の働き方を見ることができるようになってきた。

それも、今の自分にとっては休む意味の一つなのかもしれない。

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